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その美しさを描けない

割り切れないshotにgoodきてる

永遠ってなんだ

 

東京は雨だった。思いのほか冷たい空気が軽いコートをすり抜けていく。

傘は邪魔だと分かっていたけどここまで降っていては仕方ない。最近出かけるといつも雨で憂鬱だ。雨女の自覚は無いのだが体質が変わったのかもしれない。

偏頭痛がつらい日だった。薬を飲んだのに歩くたびに頭がずきずきして、これで平静を保っているつもりかと自分に苛立ち笑えた。

昼食のオムライスは味を感じず、コーンスープで口の中をやけどしたことに気づくのにしばらくかかった。

チケットを持ってきたか電車の中で5回は確認した。腕にかけた白いトートはせっかくのきれいめ全開な服にはやはり微妙で、大きくて品の良いバッグを持っていない自分をむなしくした。新品の双眼鏡はその中で異彩を放っていて、それは素直におかしくてにやけてしまう。

そしたら乗り換えを間違えた。

 

初現場にしても動揺しすぎであった。

厳密に言えばミュージックソンの観覧に行ったのが初現場だしタイミング良く三宅健さんの姿を見ることもできた。

あの時も銀座だった。流れるような茶髪に見え隠れする横顔は今でもはっきり思い出せる。私よ、あなたは数か月後に彼の舞台を観にまたここへ来るよ。

 

念には念を入れておりものすごく早く着いたのだが、いつから列形成が始まるのか分からなかったので劇場の端のほうにじっと立っていた。30分くらい経ってなんとなく列ができ始めたのでそこに加わった。

チケットを握りしめガラスの向こうの劇場を見ていた。何を考えていたのかは思い出せない。頭が痛かった。

グッズは大混乱の中買った。ポスターがめちゃくちゃ大きくて誤算だった。バッグからぴょんと出るポスターを見て、帰りは美大生のふりをしようと思った。今考えると本当に混乱していた。

 

 席に座り荷物を整理し、パンフレットを読んでいるとなぜか落ち着いてきた。楽しみという気持ちが会場中にぽんぽん舞っており私もつられたのかもしれない。

会場が暗くなり歓声があがった。心臓がばくばく鳴って体を揺らした。

舞台に立つ滝沢さんはオーラと存在感の塊だった。双眼鏡を使わずとも目鼻立ちの美しさが分かった。双眼鏡を通すと目を縁取るまつげまで凛としていた。

 

ギターの音が静かに鳴り、スクリーンにMaybeの文字がぱぱぱっと映った。

ぼんやりとライトが照らす先には背筋を伸ばして立つ男性がいて、三宅さんだった。

認識した瞬間ガタガタと手が震えて持っていた双眼鏡は膝の上に落ちた。彼の声が空気に乗った時には蛇口を失ったかのように泣いていたし、体全体が震えすぎてタオルを握ることすらできなかった。

健くんのことが本当に好きだ。声にはならないけど叫んでいた。私が健くんに抱いている感情は主に尊敬だけど、あの瞬間は限りなく恋に近いような、でも崇拝とも呼ぶべきでもあるような誰にも感じたことのない好きだった。

胸の奥のほうで小爆発が起きていた。彼を知って感じた幸福や悲しみ、ときめきや苦しみ切なさまで、心に結晶となり宿っていた全てが流れ星のように飛び回りぶつかりきらめいていた。

音ハメをガチっとして指の先まで表現者であるダンスは間違いなく健くんのダンスで、映像で何百回と見てきた彼そのものだった。

 泣きながらもMaybeの歌詞は聞き取れていたし、おこがましくも自分の心境を重なりすぎてこれがまた心の流れ星を加速させた。

 

三宅さんが怪我をされたと知って、巡る血が凍ったように思えた。

勝手に傷つき取り乱し、心配しないでと言われて(ニュアンス)おきながらも不安で押しつぶされている、私ってどうしてこうなんだ、こんなやつ席に座る資格は無いと怒りがおさまらなかった。

同時についに来たとも思った。以前こんなことを書いた。

 

何度も自分に言い聞かせる。生きている人を好きになることは覚悟が必要なのだ。アイドルとて例外ではなく1人の人間だ。

普通、アイドル20年やってらんないでしょ!? - その美しさを描けない

 半年経たずに自担の怪我で掘り起こすことになるとは夢にも思わず、しかし「いつ」なんて関係は無い。覚悟を決める時が来た。

こんな心の状態ならファンであることを辞めたほうがいい、歌舞伎にだって行かないほうがいいと思った。応援し続けるなら覚悟を決めろ。なあなあで観劇しても、どうせ遠くない未来心が折れる

なにを大げさなと自分でも思うけれど、結局は自分のため、エゴである。なんで舞台に立ち続けるの、一刻も早く治してほしい、健くんは今何を思っているのか、そんなこと私が考え続けてもなんにもならない。重々承知である。

しかし考えてしまう、日常生活に支障をきたし、これはだめだとさすがに分かった。

私も1人の人間として、やらねばならない日常の生活がある。生きていかなくちゃいけない。悪い感じにどっぷりと依存していることに気づいた。

 

そこから少し冷静になり、舞台が続くというのならカンパニーまるごと信じ毎公演の成功を願おうと思った。

ほんのわずかでもプラスの思いの方がいいに決まっている。滝沢さんのWeb連載にも救われて、感謝しかない。

 

Maybeの時から靴が片方違うことに気づいていた。でもその足を使いターンし、蹴り上げる三宅さんを見て、あなたがそのつもりならなんでも受け入れようと思った。

Show must go onが身に染みた。どうしたって続けなければならない、それならばマイナスなことを考えるだけ時間の無駄だ。もう信じて応援するしかないと自然に覚悟が決まった。

 

MASKの三宅さんはただ圧巻といった感じで翼が見えた時は私の妄想もここまで来たかと錯覚した。宇宙一かっこよかったし恐ろしかった。本当に怖いほど魅力で満ちていた。

腹筋太鼓も実在したしその頃には双眼鏡も使えていた。怪我のことを完全に忘れていたわけではない。それを踏まえての最高や最大限があると全てのシーンで感じた。舞台にかかわる全員の力が尽くされているステージだった。

二幕では三宅さんはひたすらにきりりとかっこいい役で声もぐっと低く、寄せた眉も苦しいほど素敵だった。おもしろいシーンにいなくて良かったという意味ではなく滝沢さんの中の三宅さんはこのようなイメージであり、尊敬がこうさせているのかなとも思った。

三宅さんと滝沢さんの間に流れる空気はとても良く、それがこちらにまで伝わった。滝沢さんには感謝してもしきれない。タッキーの舞台を観たことがあるよ、は一生自慢していきたいことである。

ジャニーズJr.の皆さんも全員かっこよくて歌って踊って話して恐れ入った。彼らがジャニーズの未来かと思うと胸が熱くなる。

 

「笑いあり、涙なし」に嘘は無かった。そんなの無理だよと思っていたけどMaybeからは本当に涙よりもわくわくや笑いが先行してめくるめくステージに圧倒されっぱなしだった。

しかし最後のフライングは泣いた。舞台が終わってしまう少しの寂しさと、優雅に宙を舞う2人が綺麗でかっこよくて大きすぎる幸せを身に止めておけずじわじわと泣けた。

 

会場を出ると小雨になっていた。ここ数週間で最高にハイになり危険な状態だった心をまぁまぁ落ち着けとなだめてくれた。恨めしく思われたり感謝されたり雨も大変だろう。

私が願っていた以上のことがあの舞台にはあった。Maybeの歌詞から言えばその全てを君がかなえてくれたのは必然の奇跡だ。

怪我のことはほんと言うとやっぱり心配ではある。それでも今は三宅さんを信じてついていきたいと思える。あのすごい酸素ルームには頑張ってほしい。

 

健くんのこと、ずっと好きだ。ずっとずっと好きでいたい。でもこれが義務的な感情になったらまずいのだろう。

だから心の中をちょっとだけ変えた。これまでより少しだけ下がって彼を見る。周りの景色や風向きが視界に入るようになった。時々自分に今の調子を尋ねてみることにした。

未来はいつだって不確かでこんなこと書いても本当に何がどうなるかわからない。なにごとも今にならないと対処できないし今はもう過去になってしまう。

時間に流され振り回され、それを受け入れるのにすら時間が要る。

私が願うずっとは何なのだろう。いつからいつまでなのだ。

私は彼に何を求め、何を信じ何に惹かれ続けるのだろう。私は彼になにも与えることはできないと知りながらどうしてもがき続ける。

きっと永遠に答えは出ない。そんなの知っている。

それでも好きだと言わせてくれ、ずっと好きだと言わせてくれ!

 

千秋楽へ今日も近づく滝沢歌舞伎、みんなが笑顔で舞台をできることと大成功を心より願います。

三宅さんの怪我も早く良くなりますように。

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