その美しさを描けない

割り切れないshotにgoodきてる

夏日

 

私は方言と標準語が混ざった言葉を話している、らしい。
これは今一緒に過ごしている人たちの評なのだが、それってつまり方言なのでは??という疑問は飲んだ。
 
かなり意識してエセ標準語を話す時もあるが、もう面倒なので基本はあまり考えずにしゃべっている。
 
でも地元の友人たちはみな、私から方言が抜けたことを指摘する。そんなものかなぁ?
 
そんなことを言われつつ、地元の人と話す時はぐっと言葉があちらに寄るのを感じる。
 
 
母からの電話は曾祖母が亡くなったことを知らせるものだった。
 
急な死ではない。これで会えるのが最後かもしれないとおみまいの度に思っていた。
 
耳に馴染んだ言葉で、母は今後の予定を話した。私は遠くに住んでいるため無理して来る必要はないらしい。
 
手帳を開いて見つめる。ぱぱぱと頭でスケジュールを組み直す。
 
私も行くよと告げた。交通手段は…まぁ、うん、なんとかなるやろ。うん、じゃあね。
 
本当になんとかした。めちゃくちゃ面倒というか大変だった。こういう時、ぱっと帰れる距離にいない事を悔やむ。
 
ただ不思議とそのことを聞いてすぐに帰ろうと決めた。
 
曾祖父が亡くなったその昔、座ってしくしくと泣く母の後ろ姿がどうにも頭から離れないのである。
 
別に守りたいとかではない。この歳の娘に何ができよう。
電話から聞こえたじゃあ待ってるねという言葉の中へ潜った時、母の心がぼんやり明るく喜んでいるのが見えた。
 
これである。ちょっと無理するけど、やっぱり帰ることにして良かった。せめて小さな支えになればよい。
 
 
曾祖母には頻繁に会っていたわけではない。
 
しかし優しくよく褒めてくれる方だった。
手を握る力が強かった。
 
ただ1つ猛烈にかなしいのは、着物が好きだった彼女に振袖の姿を見せられなかったことである。
 
私が着る予定の振袖は自分で言うのもなんだけどそりゃあきれいなものである。
 
振袖を選ぶ時、赤が似合うよと曾祖母に言われたことを覚えていたためそれを中心にあれこれと選んだ。
 
式の時には髪を黒くして着るよと言ったらそれがいいかもなぁと笑われたことも覚えている。
当時は光に当てると金色に透けるような毛先をしていた。あれはあれで気にいってる。
 
その後私の中で空前の暗髪ブームが訪れたためたぶん約束は守れるだろう。
今太陽にかざしてみたけど、もう光を吸収する色となっている。
 
あちらに着く頃には日も沈んでいるだろう。
 
故郷は遠い。
 
それにしても暑い。昨日まで梅雨全開みたいな空をしていたくせに…。道路に張り付く影の色が完全に夏の濃さだ。
 
帰ったらもっと暑いのか、それとも今日は寒いんだろうか。この時期どのくらいの気温なのか、私にはもう思い出せない。
 
故郷は遠い。
遠くなる一方である。