その美しさを描けない

割り切れないshotにgoodきてる

代わりに泣いてくれ

会場を出ると雨だった。
お昼はあんなに晴れて暖かかったのに。
そういえば、去年と同じコートを着ている。
夜の冷たい風が袖口を抜けた時、気持ちを押し込んだようなあの日の灰色の空を思い出した。
 
スポットライトはまぶしくて、そこからこぼれた光に目がくらむ。だけど確かに健くんは立っていた。
ステージを駆ける靴は左右同じで、お決まりの白靴下が細い両足首を包んでいる。
 
カーテンコールで音を鳴らさず軽やかに歩いて来る姿を見て、やっとこの日が来たのかと震えた。
長かった、私は1年間この時を待っていた。
 
今年は恐ろしいほど落ち着いていた。
乗り換えも間違えなかった、グッズ売り場も迷わずさくさく買えた。阿部くんの天気予報が見つけられなくてウロウロはした。(幕間に貼られていた)
 
健くんは知らない。
私が去年何を思い演舞場まで行ったかなんて。
DVDをほとんど見返せずにいたことも。
初日から今日まで、終演直後に怪我の2文字が書かれたレポがあるか調べていたことも知らない。
 
だけどなんにも知らなくていい。
健くんが去年も今年も演舞場に立った、その事実だけあればいい。
あの日みた健くんの正しさはあの日だけのものだ。
そう、そうなの、私はあれをひとつの永遠と定義した。
 
長すぎる時はしかし緩やかに進む。
もしかしたら1年越しに、私のあの日の歌舞伎も共に終幕したのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。
 
結局、私が彼に望んでいたのは機会だった。
もう一度あの板に立って、もう一度なぞるようにあの演目を踏みしめる。
去年と近いけれど確かに違う数々を、あぁなんてわがままだろう、私は健くんにもう一度やって欲しかったのだ。
 
いつだってあの場所には願った以上のものが詰め込まれている。
蹴り上げた脚は力強く、ターンは鋭くなめらか、頬の近くで切り揃えた輝く茶髪。
 
なんだか泣くのも違う気がして少し我慢した。だけどずっとずっと楽しくてたまらなかった。
去年だって笑いあり、涙なし。今年も笑いあり、涙なし。100%の気持ちでそれを体感したかった。
 
終演後、演舞場に渦巻く充足感に満ちた空気が好きだ。千秋楽まで毎日こうでありますように。誰もが充実してたのしい春になりますように。
 
雨はすぐに止んだ。
桜を散らすこの時期の雨はちょっと恨めしい。
だけど演舞場の桜は5月まで満開で、それならもう外のことなんて構わない。
濡れて帰りたい気分だった。
どうせならもう少し降っていてもよかったのに。

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